2011年01月25日
ゴッホ展
やあ。ゴッホ君。久し振り。
福岡は12年ぶりなんだってね。
たしか2000年に【クレラー=ミュラー美術館】所蔵の君の作品が
やってきたんだよ。
あの時もすごい人気だったなー。
そうそうその時の君のアルバム、まだ持ってるんだよ。

ほら。僕はどんどん年老いていっちゃうけど
君の作品はいつまでも輝きを失わないね。
うらやましいよ。
福岡もずいぶん変わっただろ。
今度の会場は当時はまだなかった九州国立博物館だったからね。
菅原道真さんには会えたかい?

今回は嬉しいことにアムステルダムにある【ファン・ゴッホ美術館】と
【クレラー=ミュラー美術館】の両方の作品が来てるんだよね。
2000年に来日した時の君のアルバム見てたら、今回もまた
日本にやって来た作品があるんだね。
おかえりなさい。
そういえば会場ではこんな大きな君が出迎えてくれて
とても嬉しかったよ。
ところで話は変わるけど、君はインディー・ジョーンズと
間違われることはないかい?

でも懐かしいよなー。
20年前、学生最後の夏休みにヨーロッパを35日間放浪してた頃
アムステルダムで君に初めて出会ったんだよね。
ま、僕の方は教科書や図鑑で君のことは何度も見たことがあったけどね。
でも実物の君の作品は圧倒的な存在感があったなー。
君の画のタッチはとても立体的なんだよ。
紙に印刷されたものとは全く迫力も違うし照明できらきら絵具が輝いている
様子は、まるで後光が差しているかのようだったね。
衝撃を受けた僕はそのあとハイネケンの工場見学に行って
ビールをごちそうになったんだよww
懐かしい思い出だね。
でも君は短い間にかなり作風が変わったんだねー。
初めのころの絵なんか色彩も暗くてまったく君が描いた絵なんて
わかんなかったよww
いろんな画家の影響を受けたんだね。勉強熱心なんだw
日本の浮世絵も好んでたんだよね。
君に日本のアニメを見せたら触発されてどんな絵を描くのかなー。
そうそう、君は弟のテオにしょっちゅう自分の作品の
製作過程を手紙につづっていたよね。
おかげで今の時代の僕等にも君がどんなに作品の製作に
没頭していたかが手に取るように分かるよ。
マメだったんだねー。
今はメールがあるからずいぶん楽になったんだよ。
今君が生きていればどんな絵を描いたんだろう。
福岡は12年ぶりなんだってね。
たしか2000年に【クレラー=ミュラー美術館】所蔵の君の作品が
やってきたんだよ。
あの時もすごい人気だったなー。
そうそうその時の君のアルバム、まだ持ってるんだよ。
ほら。僕はどんどん年老いていっちゃうけど
君の作品はいつまでも輝きを失わないね。
うらやましいよ。
福岡もずいぶん変わっただろ。
今度の会場は当時はまだなかった九州国立博物館だったからね。
菅原道真さんには会えたかい?
今回は嬉しいことにアムステルダムにある【ファン・ゴッホ美術館】と
【クレラー=ミュラー美術館】の両方の作品が来てるんだよね。
2000年に来日した時の君のアルバム見てたら、今回もまた
日本にやって来た作品があるんだね。
おかえりなさい。
そういえば会場ではこんな大きな君が出迎えてくれて
とても嬉しかったよ。
ところで話は変わるけど、君はインディー・ジョーンズと
間違われることはないかい?
でも懐かしいよなー。
20年前、学生最後の夏休みにヨーロッパを35日間放浪してた頃
アムステルダムで君に初めて出会ったんだよね。
ま、僕の方は教科書や図鑑で君のことは何度も見たことがあったけどね。
でも実物の君の作品は圧倒的な存在感があったなー。
君の画のタッチはとても立体的なんだよ。
紙に印刷されたものとは全く迫力も違うし照明できらきら絵具が輝いている
様子は、まるで後光が差しているかのようだったね。
衝撃を受けた僕はそのあとハイネケンの工場見学に行って
ビールをごちそうになったんだよww
懐かしい思い出だね。
でも君は短い間にかなり作風が変わったんだねー。
初めのころの絵なんか色彩も暗くてまったく君が描いた絵なんて
わかんなかったよww
いろんな画家の影響を受けたんだね。勉強熱心なんだw
日本の浮世絵も好んでたんだよね。
君に日本のアニメを見せたら触発されてどんな絵を描くのかなー。
そうそう、君は弟のテオにしょっちゅう自分の作品の
製作過程を手紙につづっていたよね。
おかげで今の時代の僕等にも君がどんなに作品の製作に
没頭していたかが手に取るように分かるよ。
マメだったんだねー。
今はメールがあるからずいぶん楽になったんだよ。
今君が生きていればどんな絵を描いたんだろう。
タグ :ゴッホ展
Posted by ほりねこ at 15:38│Comments(0)│福岡
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