2012年11月07日
ほりねこ院長の御朱印集めVol.26
松江から車を走らせて鳥取の堺港を過ぎて中海にかかる大きな橋を渡ると
再び半島状にに突き出した島根県になります。
半島の先端には美保関灯台。
今回は時間の都合で灯台までは行けませんでしたが
その手前の入江にあるのが美保関漁港です。
露店でイカの干物を売っているのどかな漁港。

冬はきっと厳しい寒さになるんでしょうね―。
まるで高倉健でも出てきそうな雰囲気の港町です。
江戸時代は日本海側を回る北前船交易の要所としても繁栄し、
多くの廻船問屋や宿場があり賑わっていたのだそうです。
神社の入り口から脇道へ抜ける青石畳通りではまるでタイムスリップ
したかのような雰囲気。

通りにあったマンホールがかわいかったのでパチリ。

そしてこの場所に古くから祀られているのが美保神社です。


大国主大神夫人の美穂津姫命(みほつひめのみこと)とその息子
事大主命(ことしろぬしのかみ)ノお二人の神様が祀られています。
美穂津姫命(みほつひめのみこと)は高天原(あまつがはら)から稲穂を
持ちよって稲作を伝えた農業の神様。
事大主命(ことしろぬしのかみ)は後に恵比須様と呼ばれ親しまれた
皆さんよくご存知の神様です。
ですからここは全国にあるえびす神社の総本社なのです。
神社の建築物も、二人の神様を祀るための本殿二つを左右に配置し
その中心を装束の間と呼ばれる建物で連結した独特の構造で
『美保造』と呼ばれています。

写真には写っていませんがこの両側に本殿があります。
また、ここは神話の国譲りの舞台でもあります。
神々から国を譲るように迫られた大国主大神は、二人の息子たちに訊いて
みないと分からないと答えます。
一人目の息子、事大主命(ことしろぬしのかみ)が国譲りを了承した場所が
ここ美保関なのです。
こちらの神社もパワースポットとして人気が高いようです。
お二人の神様の象徴である稲穂と鯛の絵がデザインされたお守り。
とてもご利益ありそうなので自分用に購入しました。


そして美保神社の御朱印。

神社を出ると近くのおみやげ物屋さんの店頭に並ぶイカの干物が迎えてくれました。

イカを焼く香ばしい匂いにつられて・・・ついつい。
うんまい!

再び半島状にに突き出した島根県になります。
半島の先端には美保関灯台。
今回は時間の都合で灯台までは行けませんでしたが
その手前の入江にあるのが美保関漁港です。
露店でイカの干物を売っているのどかな漁港。
冬はきっと厳しい寒さになるんでしょうね―。
まるで高倉健でも出てきそうな雰囲気の港町です。
江戸時代は日本海側を回る北前船交易の要所としても繁栄し、
多くの廻船問屋や宿場があり賑わっていたのだそうです。
神社の入り口から脇道へ抜ける青石畳通りではまるでタイムスリップ
したかのような雰囲気。
通りにあったマンホールがかわいかったのでパチリ。
そしてこの場所に古くから祀られているのが美保神社です。
大国主大神夫人の美穂津姫命(みほつひめのみこと)とその息子
事大主命(ことしろぬしのかみ)ノお二人の神様が祀られています。
美穂津姫命(みほつひめのみこと)は高天原(あまつがはら)から稲穂を
持ちよって稲作を伝えた農業の神様。
事大主命(ことしろぬしのかみ)は後に恵比須様と呼ばれ親しまれた
皆さんよくご存知の神様です。
ですからここは全国にあるえびす神社の総本社なのです。
神社の建築物も、二人の神様を祀るための本殿二つを左右に配置し
その中心を装束の間と呼ばれる建物で連結した独特の構造で
『美保造』と呼ばれています。
写真には写っていませんがこの両側に本殿があります。
また、ここは神話の国譲りの舞台でもあります。
神々から国を譲るように迫られた大国主大神は、二人の息子たちに訊いて
みないと分からないと答えます。
一人目の息子、事大主命(ことしろぬしのかみ)が国譲りを了承した場所が
ここ美保関なのです。
こちらの神社もパワースポットとして人気が高いようです。
お二人の神様の象徴である稲穂と鯛の絵がデザインされたお守り。
とてもご利益ありそうなので自分用に購入しました。
そして美保神社の御朱印。
神社を出ると近くのおみやげ物屋さんの店頭に並ぶイカの干物が迎えてくれました。
イカを焼く香ばしい匂いにつられて・・・ついつい。
うんまい!
Posted by ほりねこ at 09:00│Comments(0)│御朱印集め
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。