福岡市早良区藤崎(西新)の歯科医院を開設している「ほりねこ」のブログ

ほりねこ院長のホリスティック日記 › 御朱印集め

  

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松江から車を走らせて鳥取の堺港を過ぎて中海にかかる大きな橋を渡ると

再び半島状にに突き出した島根県になります。

半島の先端には美保関灯台。

今回は時間の都合で灯台までは行けませんでしたが

その手前の入江にあるのが美保関漁港です。

露店でイカの干物を売っているのどかな漁港。



冬はきっと厳しい寒さになるんでしょうね―。

まるで高倉健でも出てきそうな雰囲気の港町です。

江戸時代は日本海側を回る北前船交易の要所としても繁栄し、

多くの廻船問屋や宿場があり賑わっていたのだそうです。

神社の入り口から脇道へ抜ける青石畳通りではまるでタイムスリップ

したかのような雰囲気。



通りにあったマンホールがかわいかったのでパチリ。



そしてこの場所に古くから祀られているのが美保神社です。





大国主大神夫人の美穂津姫命(みほつひめのみこと)とその息子

事大主命(ことしろぬしのかみ)ノお二人の神様が祀られています。

美穂津姫命(みほつひめのみこと)は高天原(あまつがはら)から稲穂を

持ちよって稲作を伝えた農業の神様。

事大主命(ことしろぬしのかみ)は後に恵比須様と呼ばれ親しまれた

皆さんよくご存知の神様です。

ですからここは全国にあるえびす神社の総本社なのです。

神社の建築物も、二人の神様を祀るための本殿二つを左右に配置し

その中心を装束の間と呼ばれる建物で連結した独特の構造で

『美保造』と呼ばれています。



写真には写っていませんがこの両側に本殿があります。

また、ここは神話の国譲りの舞台でもあります。

神々から国を譲るように迫られた大国主大神は、二人の息子たちに訊いて

みないと分からないと答えます。

一人目の息子、事大主命(ことしろぬしのかみ)が国譲りを了承した場所が

ここ美保関なのです。

こちらの神社もパワースポットとして人気が高いようです。

お二人の神様の象徴である稲穂と鯛の絵がデザインされたお守り。

とてもご利益ありそうなので自分用に購入しました。





そして美保神社の御朱印。



神社を出ると近くのおみやげ物屋さんの店頭に並ぶイカの干物が迎えてくれました。



イカを焼く香ばしい匂いにつられて・・・ついつい。

うんまい!










  


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ひょっとこのお面をしてどじょうをすくう様子をユーモラスに表現した

『安来節』で有名な安来市にある清水寺の旅館に宿泊しました。

清水寺は人里離れた山の中にあり、とても静かなところです。

お部屋の窓からは五重塔が見えとても風情があります。



こちらでいただいた精進料理がとても豪華で素晴らしかった!

その話題はまた後日触れることにします。

清水寺のご本尊は厄除けで有名な観音様です。

このお寺の縁起はとても古く、1400年以上前の587年に

尊隆上人によって開かれたお寺です。

仏教が伝来したのが538年ですから、日本の仏教の創世記から続いている

古いお寺なんですね。

その後戦乱などで一時荒廃しましたが、承和14年(847年)比叡山の慈覚大師円仁

により天台密教と精進料理(現在の清水精進料理、清水羊羹の元)が伝えられた

のだそうです。

こちらは根本堂。



宿から見えていた三重塔。



近くから眺めるとこんな感じです。



少し離れたところ鐘楼を見つけました。



ひとつき50円で鐘を打つことができます。

願い事をしながらどうぞ♪



御朱印はこちら。



  


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昼食を摂った後で出雲を離れ次なる神社に移動。

宍道湖を横目に見ながらひたすら東へ車を走らせます。

夕方になって松江市に入りようやく着いたのがこちらの神社。

八重垣神社です。



ここ八重垣神社は八岐大蛇(やまたのおろち)伝説の舞台になった場所です。

稲田姫命(いなたひめのみこと)が八岐大蛇にいけにえとして差し出されることになって

嘆き悲しんでいた老夫婦に素盞鳴尊(すさのおのみこと)は、稲田姫命を嫁に

もらうことを条件に八岐大蛇の退治をすることになりました。

そこでこの地に八重垣を作り、稲田姫命を隠し酒樽を8つ用意させます。

八岐大蛇が酒を飲んで酔い潰れたところを8つの首を切り落として退治したのです。

二人はこの地に家を建て棲むことになり、後に二人を祀られたのが八重垣神社の由来です。



縁結び、夫婦円満のご利益がとてもあるということで、この日も若い女性が

観光バスに乗って大挙して押し寄せていました。

社務所には縁結びのお守りを求める人でごった返しており、

出雲大社よりも人気があるんじゃないかというような熱気ぶりでした。

この神社で特に人気があるのが『鏡の池』での縁占い。

八岐大蛇から隠れていた稲田姫命が姿を写す鏡としていたという

言い伝えがあり、とても人気が高いパワースポットになっています。



まず社務所で占い用和紙を100円で購入。



和紙には素盞鳴尊(すさのおのみこと)と稲田姫命(いなたひめのみこと)の

お二人の名前が。

透かして見ると何か書いているようですが、そこは我慢我慢。

鏡の池に行って硬貨を載せて(10円か100円)水に浮かべると、

和紙に書いてあったご宣託が現れます。

和紙が早く沈むと良縁がすぐに訪れ、また和紙が近くで沈めば身近な人と

遠くで沈めば遠方の人と結ばれるといわれています。

これが大変な人気でして・・・・

何人も並んでようやく池のふもとにたどり着きました。

池といっても直径数メートルほどのとっても小さい池です。

若い女性に交じってただ一人のおじさんがそっと和紙を浮かべると・・・・



ふふふ。願いは叶うそうです。

ほうほう、東と北の方角が吉ですか。肝に銘じておきます♪

こ御朱印はこちら。


  


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稲佐の砂浜から海沿いに車を走らせますとまるで景色が変わって断崖絶壁の

道が続いていきます。

日御碕灯台へ向かう道の途中で緑の木々の陰から朱塗りの立派な神社の姿が

一瞬だけ現れます。

日御碕(ひのみさき)神社です。

その場所から海に向かって降りたところに神社があります。

人里離れた、現在では小さなさびれた漁港の町にこれほど大きな神社が

あることに違和感さえ覚えます。



神社には天照大神(あまてらすおおみかみ)が祀られている下の宮「日沈宮(ひしずみのみや)」と

須佐之男命(すさのおのみこと)が祀られている上の宮「神の宮」があります。

こちらが「日沈宮(ひしずみのみや)」



この「日沈宮」は伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守る」)

との神勅により祀ったのが始まりなんだそうです。

「日沈宮(ひしずみのみや)」の彫り物のユーモラスな龍



もともとはここからすぐそばにある経島(ふみしま)に祀られていたのですが

天照大神(あまてらすおおみかみ)が降臨して今の場所に移すように

言われたそうです。

漁港から見える経島



現在はウミネコの繁殖地として有名です。

そしてこちらが神の宮。階段を上ったところにあります。




日御碕神社には面白いおみくじが売っていました。

達磨の人形に入ったおみくじですが、どの達磨も顔が違います。



そして日御碕神社でいただいた御朱印。



日御碕神社を後にして日御碕灯台にも行ってみました。

白くてとても印象的な灯台です。

  


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10月は神無月(かんなづき)といいます。

全国の八百万の神様が来年のことを話し合うために出雲に集まるということから

こう呼ばれるようになりました。

ですから神様が集まる出雲では10月を神在月(かみありづき)と呼びます。

神様が集まっている出雲に行きたくて10月に出雲行きを考えていました。

※厳密には旧暦の10月ですけど・・・・

福岡を午前0時に出発して休憩をゆっくりとりながら車を走らせること約7時間。

ようやく夜明けごろに出雲大社のそばにある『稲佐の浜』に到着しました。

稲佐の浜は神話の国譲り国引きの舞台になった砂浜で

日本全国から集まった神様がここから上陸して出雲大社に向かいます。



こちらは弁天島。前に立っているのは恵比須様です(笑)



少し気の早い神様が降り立っているかもしれないこの砂浜で

ご来光を拝みました。



ここから出雲大社まではすぐ近くですが、途中に歌舞伎の創始者といわれる

『出雲のお国』の墓と塔があります。

出雲の塔



こことは別の所にお墓があります。




出雲大社は国譲りの功績をたたえて大国主大神の棲み家として建てられたものです。

平安初期の文献に残っている当時の建造物の大きさを詠んだ覚え歌の中に

出雲大社は奈良東大寺の大仏殿より大きな建物で当時国内最大級のものだったことが

記述されています。

現在大国主大神がお住まいの本殿は改修中で隣にある御仮殿に仮住まいになっています。

屋根の一部は工事が終わって見えてます。




こちらが仮住まいの御仮殿。現在はこちらが拝殿になります。



神社では『二礼二拍一礼』というスタイルで参拝するのが普通ですが、

ここ出雲大社では『二礼四拍一礼』で参拝します。

柏手を4回打つんですね。初めて経験しました。


こちらは大国主大神像



古事記にも出てくる因幡の白ウサギです。



縁結びの神様として有名な出雲大社です。

色々な皆様と素敵な縁ができますように。

それにしてもこのおみくじの多さと言ったら!



有名な大注連縄。ここは本殿ではありません。



福岡に帰って来てから人づてに聞いたのですが、あの注連縄に向かってお賽銭が

刺さるように小銭を投げる方もいるそうです。

お金が刺さると幸運が訪れるとか…



後で他の方のブログを読んでみると、それは迷信で、元はといえば観光客が面白がって始めたものらしいです。

注連縄が傷んで神社側は困ってるそうなのでお賽銭は注連縄に向かって投げないようにしましょう。

出雲大社の御朱印はこちら





そして出雲といえばおそば。

こちらでは割子といって段々に重ねた器に蕎麦が入れられてきます。

器に盛られたそばに蕎麦つゆをかけて食べるのが出雲流。



コシがあるおそばにやや甘めのつゆ。

もみじおろしがピリりと効いてとても美味しかったです。

こちらのお店はは出雲大社から少し離れた場所にある人気店。

11時前に行きましたがお店の中はもうすでに満席に近い状態でした。

そして食べ終わってお店を出る頃にはもう行列が…。



かねや




  


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近鉄奈良駅から東大寺へ向かう途中に小さな神社があります。

『氷室神社』です。

奈良時代、春日山の山奥には氷室(氷の貯蔵庫)があり、氷の神を祀ったのが

始まりとされています。



面白いのはこの神社が今では製氷業界や冷凍冷蔵業界の守護神として

篤く信仰されているということ。



なんと本殿には『氷』が御供えされていました。

こちらでは残念ながら御朱印をもらい損ないましたww

また次回行く機会があればぜひリベンジを。






  


Posted by ほりねこ at 09:00Comments(0)御朱印集め
奈良公園と隣接する場所に江戸時代に建てられた町屋が軒を連ねる

通称「ならまち」地区があります。

古い町屋を改造した現代風のカフェや雑貨屋さんも数多くあり、

新しい奈良の観光スポットとしても人気の一角です。

江戸時代までは、もともと元興寺の境内に発展した一大商工業ゾーンだったんですね。

ですから元興寺はこんな住宅地の真中に世界遺産があるのか!と驚くような

立地にあります。





お隣の興福寺や東大寺と比べるとやや荒れ放題な感じさえもしますが…



まるで時間が止まっているかのようです。



瓦の色が違う部分は飛鳥時代のお寺の瓦を移築したもので、

推古天皇の時に百済から瓦職人を招いて作らせたものなんだそうです。

1300年以上も御寺を守っていた瓦。

瓦に魂があるのなら、どんな思いでこの国の移り変わりを見ていたのでしょう…



境内にあったお地蔵さん。

中世以降は庶民信仰の対象として大いに栄えていたとされています。

町の人に愛されていた寺院なんですね。





元興寺の御朱印帳です。



こちらでいただいた御朱印です。



  


Posted by ほりねこ at 09:00Comments(2)御朱印集め
広大な敷地の春日大社の本殿にたどり着くためには緩やかな上りの

参道をかなり歩くことになります。



途中、神の使いである鹿と戯れながら・・・・



参道脇には春日灯篭と呼ばれる石灯篭が延々と続きます。

石灯篭は大小さまざまですが全部で3000以上もあるのだそうです。



そういえばこちらも世界遺産。



20分くらい歩いたでしょうか?ようやく神殿に着きました。



社務所に立ち寄ると・・・・



春日大社にはこんなにかわいらしい鹿みくじがあります。思わず購入♪



春日大社にも御朱印帳がありました。



こちらでいただいた御朱印です。

  


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興福寺には他にも御朱印をいただける場所があります。



南円堂です。大変美しい八角円堂です。

南円堂の御朱印はこちら。



そしてその隣にある一言観音。

一言だけお願いすると叶えてくれるという観音様です。

もちろん世界平和をお願いしてきました。

受験シーズンには賑わいそうですww



御朱印はこちら。



南円堂から石段を少し下ると三重塔がひっそりとたたずんでます。

鎌倉時代のものです。

そこにあったお地蔵さん。





このまま石段を降りるとすぐ近くに猿沢池があります。風情がある『ならまち地区』へ

行くことができます。


猿沢池より見た五重塔  


Posted by ほりねこ at 09:00Comments(4)御朱印集め
近鉄奈良駅から春日公園方面に小高い丘を登るような感じで歩いていくと

まず出会うのがここ興福寺です。



中金堂は現在修復中でしたがこちらは五重塔と東金堂

この日はコンサートの会場設営が行われていました。

なんとなく興ざめだったので別の日に撮った五重塔と東金堂





明治の廃仏毀釈の際に興福寺は大変な打撃を受け、この五重塔は

売りに出されたといういきさつもあるそうです。

興福寺といえば数年前ブームにもなった仏像界のアイドル阿修羅様が有名です。

東京や福岡の九州国立博物館で展示された時にはものすごい人気でした。

テレビのワイドショーでも取り上げられるほどの過熱ぶり。

若い女性に仏像ブームが起こったのもこの阿修羅人気のおかげだと思います。

阿修羅像は国宝館で見ることができます。



それはそれは美しいお顔だちでした。

ここには素晴らしい仏像がたくさんありますので興福寺に行くなら

是非とも立ち寄りたいところです。

興福寺の御朱印帳です。



最初のページにはなんと阿修羅様が♡



こちらが御朱印です。




  


Posted by ほりねこ at 09:00Comments(2)御朱印集め
薬師寺から唐招提寺まではバスもあることはあるようなんですが

いつ来るのかわからないほど便は悪い。

タクシーもいなかったので残暑厳しい中歩きましたよ。ぽつぽつと。

車が離合するのがやっとくらいの細い道を15分ほど歩いていくと・・・・


これは薬師寺の土塀です。

ようやく唐招提寺に着きました。



門前には土産物屋さんもまばらで閑散とした様子。

ここがあの有名な唐招提寺なのか?と感じるほど周囲には住宅と田んぼ以外

何もありません。

ここ唐招提寺は奈良時代に唐から招いた高僧、鑑真が開いたお寺。

鑑真の日本に来るまでの苦難の旅の様子は井上靖の『天平の甍』で有名になりました。



金堂です。奈良時代に建てられたもの。とても美しいです。



唐招提寺には国宝や重文の仏像が数多くあります。

仏像マニアの方は絶対外せないお寺です。

そして回廊。



屋根がとっても美しい!



ここにもありました。校倉造の経蔵。

こちらには御朱印帳もありました。デザインされているのは千手観音。



御朱印はこちら。




  


Posted by ほりねこ at 09:00Comments(2)御朱印集め
奈良滞在2日目。この日は早朝から近鉄奈良駅から電車で

移動して薬師寺と唐招提寺に行くことにしました。

限られた時間であれもこれも見て回るのは大変です。

しかしお寺は早朝から拝観できるところが多いのです。

神社仏閣参りには早起きは三文以上の得になるのです。

まずは薬師寺に向かいました。



観光客がひしめく東大寺周辺とは違ってとても静かなところにあります。

近鉄西ノ宮駅を降りると目の前に薬師寺があります。

薬師寺も戦乱で焼失して現在の主な建物は昭和になってから450年以上ぶりに

修復されたものがほとんどです。

その中でも東塔だけは奈良時代の物が残っており、現在修復中でした。



薬師寺には金堂を中心にして東西に二つの美しい塔があります。


これは金堂


そしてこれが西塔


そして取り囲むように回廊があります。

美しい伽藍を散策していると金堂で大声で呼びかける声が。

のぞいてみるとお坊様がこれから法話をするようです。

塔というのはサンスクリット語でストゥーパ(お釈迦様のお墓)のことであり、

それが日本では卒塔婆(そとば)と表記され、塔になったんですよ。

というような話に始まり、ありがたい法話や、薬師寺再建の話など

約20分間、ギャグを交えたまるで漫談家落語のようなマシンガントークが

繰り広げられました。

声はまるで白木みのるさん(古いっ!)

これはこれで貴重な体験をさせていただいたわけですけどww

薬師寺のご本尊は薬師如来。お医者様の神様です。

  


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いよいよ東大寺の御朱印集め最終回です。

前回の鐘楼があった場所には行基堂、念佛堂、俊乗堂の3つのお堂があります。


写真は念佛堂です。

これをすべて念佛堂のご住職が管理してました。

御朱印をお願いすると、それぞれのお堂を紹介して詳しく説明してくれました。

念佛堂では貴重な仏具を触らせてもらったり、東大寺の裏事情なんかも

教えてもらいましたww

東大寺にはわずか20数人程の僧侶しかいないこと。

国家鎮守が目的の寺で、本来は東大寺はずっと国営であったものが、

明治以降はすっかり様相が変わってしまった事。

明治政府の意向でそれまで優秀な僧侶を集めるために世襲制は

行っていなかったのに、お寺の住職の妻帯と世襲制を認めたこと。

檀家さんがいないこと。

※檀家さんから葬儀の時に戒名代や葬儀代をもらうようになったのは

江戸時代以降のことのようです。

正倉院は東大寺ではなく国の管轄になっていることなどなど。

普段聞けないような面白いお話を聞かせていただきました。

最後に住職からこんなお言葉を賜り、再会を約束。



しばし日常を忘れ心が晴れやかな気分になりました。

こちらでいただいた御朱印です。












東大寺で御朱印をいただける、大仏殿、法華堂(三月堂)、三昧堂(四月堂)、

二月堂、戒壇堂、指図堂、不動堂、鐘楼、念佛堂、行基堂、俊乗堂、

全11か所コンプリートしました。  


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二月堂から静かな石畳の道を下っていきます。



とても静かなところで、まるで時間が止まっているかのような不思議な

感覚になります。

ここを下ったところに左手に曲がる脇道があります。そこから少し階段を上ると

『鐘楼の丘』と呼ばれる場所があります。訪れる観光客はほとんどいません。

ここには幾つかのお堂と鐘楼があります。

鐘楼は鎌倉時代に建てられたもの。



鐘楼には奈良時代の東大寺創建頃に作られた大きな鐘があります。

なんと重さは26.3トン!よくもまあこんな巨大な鐘を作ったものです。

『奈良太郎』の愛称で呼ばれ、日本三名鐘の一つに数えられています。



ここでも御朱印がもらえます。






  


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次に向かったのは二月堂の更に山手にある小さなお堂の不道堂です。

二月堂から石段を上り振りかえると絶景が。



ひっそりとしたところにある小さなお堂です。



さすがに観光客はいませんね。

ここでは護摩焚きの修行の際にお不動さんが美女の姿で現れ、修行が熱心に

行われているかを試されるという言い伝えがあるそうです。

ぜひ会ってみたいものです。



  


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戒壇堂の敷地の横には普段は中には入れない勧進所があり、その隣に指図堂があります。

東大寺は平清盛の命で焼き討ちに遭い多大な被害を受けました。

※この後平清盛は熱病にかかって亡くなった話は有名ですよね。

荒れ果てた東大寺の復興のために宗派を越えて立ち上がったのが

浄土宗の開祖、法然上人。

法然の推薦を受けた重源が東大寺再建の指揮を執りました。

そして職人さんたちが集まって図面を持ちより、色々指図したこの場所が

指図堂の由来だそうです。





こちらが指図堂でいただいた御朱印です。





  


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奈良滞在3日目に東大寺の残りの御朱印を手に入れるために再び

東大寺を訪れました。

とにかく東大寺は広い!おまけにアップダウンもあるしwww

この日は東大寺の境内を足が棒のようになるまで散策しました。

前回まででご紹介した大仏殿、法華堂、二月堂は一般の観光客の方にも人気のスポット。

これからご紹介するのは、お寺巡りや仏像ファンのような方以外の一般の観光客の方は

あまり足を運ばないところばかりです。

この日最初に向かったのは戒壇堂。

戒壇堂の周囲は大仏殿の喧騒とは打って変わって静かなたたずまいです。



こちらが戒壇堂です。

出家した人が正式な僧になるための施設で、聖武天皇が鑑真を招いて作った

ものらしいです。



ここには国宝の塑造四天王立像があるのですが今回は時間の都合で断念。

御朱印はもちろん四天王。












  


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四月堂で東大寺には全部で11か所の御朱印をもらえる場所があるという

情報と地図をいただき、がぜん意欲がわいてきました。

しかし一口に東大寺といってもその敷地はとても広大です。

まずは三月堂、四月堂のそばにある二月堂に足を運びました。

ここはお水とり行事が行われる有名なお堂です。

小高い丘の上に立ち舞台のような構造になっています。

劇場のような効果を意図して造っているんでしょうね。

下から見上げると迫力あります。



舞台から奈良の街を一望。



初日は小雨が降っていたのですが、2日後に他の場所での御朱印集めのために

再度来た時には天気が良かったのです!





東大寺の建造物の中では二月堂が一番好きですね。

ロケーションが素晴らしいし自然ととても調和していて美しい。

下に降りていく回廊。



御朱印は二月堂の横にある朱印所でいただきました。





初日はここまで。

このあと急いで学会会場に向かいました。




  


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修復中の法華堂のすぐ隣にこじんまりとしたお堂があります。



四月堂(三昧堂)です。

こちらには立派な千手観音がありました。

※撮影禁止なので写真はありません。

千手観音といっても実際には42本の手を使うものが多く作られています。

こちらの御本尊の千手観音の手も42本ありますが、どれも肉太で官能的な感じさえします。

高さも2.6m以上もありなかなかのインパクトです。

これまで見たことがあるスリムなイメージの千手観音像とは明らかに

異なる感じで独特の風貌を持っていました。

よくもこれだけ多くの手を組み合わせて作れるものだなと感心してしまいます。

その右隣りには40センチほどの小さな普賢菩薩があり、普段は扉を閉じてるのですが

特別に御開帳して見せていただきました。

こちらの普賢菩薩様は千手観音が来る前はこちらのご本尊だったらしく

普賢菩薩が象の上に乗った状態で座っている仏像です。

この『象』なんですけど、鼻が短くてまるでイノシシみたいなんですよ。

坊の中の人が説明してくれました。

『奈良時代には象を実際に見たことがある人がいなくて 文献などから

想像して作ったのでしょう。』

苦心して彫ったんでしょう。なんだか微笑ましいエピソードでした。

なんでもこちらの普賢菩薩様はとても強力な力があるということなので、

ここでも世界平和をお祈りしてきました。

こちらでいただいた御朱印です。千手観音と普賢菩薩です。



  


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さて、東大寺にはたくさんのお堂があります。

それぞれに貴重な仏像が納められており、いろんな行事が行われたりしています。

法華堂(三月堂)は残念ながら改修中で中には入れませんでした。





法華堂には国宝や重文の有名な仏像が数多く収納されています。

※現在は東大寺ミュージアムで拝観できます。

この法華堂の建物には面白い特徴があります。



写真右側の正堂は奈良時代に建てられた部分。

それに続く左側の礼堂は鎌倉時代につくられたもので、それぞれ屋根の形が違います。

一つの建物で屋根の形や作られた時代が違うとても珍しい建造物です。

そして法華堂のそばには校倉造の法華堂経堂があります。

もともとは法華経の経典を納める建物です。

正倉院(通常は非公開)によく似ていますね。



法華堂の隣にある四月堂で三月堂の御朱印をいただきました。






  


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